月夜見

         *「残夏のころ」その後 編


今時は、
遅刻するからといってトースト咥えて学校までを走る、
しかも女子高生というのはまずいない。
そんな乾いたものを走りながら食べたりしたら、
喉に痞えるのは必至だし、(そこかい)
お母さんが朝ごはん抜きなんて許さないお人だったとしても、
そういう人が食べ歩き、もとえ、
歩きながら食べるなんて行為を許すとは思えない。
そもそも、そんな格好での全力疾走だなんて、
戦隊ものだったら、間違いなくイエローポジション。
所謂三枚目の食いしん坊キャラが担当する役どころじゃあないだろか。
そんなことをしてもなお、
可愛らしさが削がれないほどのヒロインだと言いたい演出か。
今時だったらむしろ、ギャグ仕立ての道具にされてる
何とも濃ゆいベタさ加減の代物だけれど



  …でもね、
  現実ってば
  案外と小説や漫画以上に
  思いがけないことが起きたりもするんだよね、これがvv



       ◇◇


手元に開いていたのはスリムなケータイ。
何やら夢中になって集中しており、
えいえいえいという小声まで聞こえていたものの、

 「…あぅ!」

いかにも不意を突かれましたという声が放たれて、
小さな液晶画面へ視線が釘付けになったのち、
ほそっこい肩ががぁっくりとうなだれてしまう。

 「どしたんすか?」
 「うん。またしてもレッドパッチにやられて…。」

波の上へ浮かぶ可愛らしい海賊船が砲撃を受けたらしく、
あえなく沈没しかかっている画面へ、
かなり本気で消沈の溜息をついていたルフィだったが…。

 此処はというと、
 産直スーパー“レッドクリフ”のバックヤード、
 関係者以外の立ち入りはご遠慮願います区域、
 早い話、お店の舞台裏にあたる部分。
 そのまた奥まったところの、グロサリー倉庫の中であり。
 彼らの名誉のために口添えするなら、
 サボっている訳じゃあござんせん。
 表では棚卸しの真っ最中で、
 こちらはこちらで、
 在庫を数えている真っ最中だったはずなのだが。

 「な…なななな、なんでゾロがいんだ?////////」

余程のこと、携帯ゲームに集中していたか、
今の今まで全然のまったく気がつかなかったルフィであるらしく。

 「なんでって、」
 「エースがいた筈なのによっ。」
 「そのエースさんに言われたんで。」

グロサリーというのは、
野菜や肉や魚、卵や乳製品、
豆腐に味噌に…という、
冷蔵の必要な生鮮食料品ではない、
常温保存可能な、日保ちのする食料品のことであり。
菓子に乾物、調味料各種に、
小麦粉、片栗粉、テンプラ粉に米粉。
お茶やコーヒー、お店によっては酒に米や穀類などまでと。
細分化されたあれこれを、
必要最小限だけ備蓄保管している倉庫が此処で。
特にこの店は、
ご近所の小さな農家をじかに廻って納品していただいている、
野菜に特化している直販店なので。
それ以外の商品は、コンビニやスーパーというより、
昔ながらの雑貨屋レベルの品揃え。
例えばエスニックな料理に使うような、
特殊な食材や調味料となると、
他のお店へ回ってもらうしかなかったり。
そんな訳で、さしてスペースもない在庫倉庫だから、
バイトのルフィ坊やでも十分間に合うだろと。
それでも在庫の確認は大方済ませてからのこと、
搬入班のチーフのエース兄は、
誰かに呼ばれて外周りの他の部署へ回ったらしかったのだが、

 「さては、申し送りん時、生返事してましたね。」
 「うう…。///////」

そういえば、何か話しかけられてたようなと、
ぼんやりと覚えはあったが、
丁度この手ごわい海賊と遭遇してしまったタイミングだったので、
話半分な応対をしていたらしい。
ちなみに、そんな弟なようだというのはお見通しだったらしいお兄様だが、

 『あとは事務所に持ってって、
  POS処理された数値と刷り合わせるだけだ。』

俺と組んでるからってサボってる坊主に、
一言言ってやってくれてから。
あとは、脚立を片付けて、此処の戸締まりして帰ってくれりゃあいいと、
ご陽気なお兄さんからそれだけを押し付けられての、
倉庫へ押し込まれた、高校チャンプの剣道小僧。
サボってる坊主というのが誰なのかを訊いてなかったらしく、
棚に凭れて携帯へ集中しているご当人を見て、

 “……話が違う。//////”

話ってどんな?とツッこまれてもしょうがないくらいに、
微妙に言い間違いをしたほど、
ちみっと焦ったゾロだったのは言うまでもなかったが。
(笑)
日頃からもサボり倒す子じゃあないのはよくよく知ってる。
大方、身内と組んでいたからと、気が緩んでいてのこの態度なのだろうと、
遠からずなところへ察しをつけてから。
何をそんなに夢中になっているものやらと、
こそり覗いてやろうと近寄ってみたものの、
丁度、ルフィ坊やご自慢の海賊船が撃沈されたところだったようで。

 「えっとぉ…。///////」

  サボってたのを見つかっちゃったという照れからかな、
  柔らかそうなほっぺを真っ赤にしているトコがまた、
  高校生とは思えない幼さで。
  俺なんて、ガッコでも此処のバイトでも後輩なんだのに、
  しどもど焦ってしまうとことか、いつまでも変わんなくって、
  何ちゅうか………。///////

 「いや、そんな焦らなくても。」

あわわと焦るあまり、手元まで不如意になっており。
そのまま携帯落としたら壊れちまうぞと案じてのこと。
落ち着いてとあらためてのお声を掛けたところが、

 「  、…………え? って、痛ってぇーっ!」

数える都合から棚から降ろして足元に置いてあったらしい、
砂糖だろうかそれとも粉か、
大きさの割にずっしりと重たい段ボール箱につまずいた。
日頃だったらそんな不注意なんて滅多にしないが、
何だか焦っていた坊やを目の前にして、
思っていた以上にこちらも焦っていたものか。
おっとっとと、反射神経を絞り出し、
何とか体の均衡を戻そうとの、
悪あがきをしてみたのが却って不味かった。
何でもいいから取っ掴まろうと、
闇雲に延ばした手が、向こうからも延ばし掛けてた手へと触れ。
だけれど体格の違いが祟ったか、

 「わあっ☆」

一気に引き倒した格好になった小柄な先輩。
せめて下敷きにはすまいと思い、
びっくりしているお顔に見とれつつも、
(←あ)
体をひねって、胸元へ受け止めんと構えたその結果…………


  「えっとあの………すいません。//////////
  「〜〜〜〜〜〜っっ。//////////


ぼふっと不時着した胸板は、
思っていたよりずっとずっと広くて堅くって。
でもあの、その辺りに関しては、
後から思い出してしみじみ咬みしめたことであり。
向かい合ってた関係で、
逆さまになって近づき合った格好の、お互いのお顔を持ち上げあって。
こうまで接近したのは、さすがに初めてなんじゃなかろうかと。
相手の温みや匂いやらにどぎまぎしての焦った弾み、
がばっと勢いよく身を起こしたその刹那に、
確かに、お顔のどこかが触れ合ったような気が……。


 「いやあの、痛かったんじゃなかった。ホントだかんな?」
 「けど…。」


あややとか あわわとか、狼狽
(うろた)えまくってて、
焦りまくりでさっきよりずっと真っ赤になったこちらを案じてだろう。
伸びて来た手が頬へと触れて、
暖かくって、なのにもう大人の堅さの手のひらなんだと、
妙なことへほわんと感動しつつあったルフィが、
あっと…気づいたことがあってのお顔を弾かれたのは、

 “頬っぺじゃないんだ、
  さっきゾロと当たったのって…。
//////

そう、痛かったわけじゃあない。ただ、
此処じゃあないもんと気づいたとともに、
だったら何処が当たったのかと想いが至り。
それで……………真っ赤になってしまった彼だということは?


  「あの、先輩?」
  「〜〜〜〜〜〜。//////


どしましたか、大丈夫っすかなんて、落ち着いて訊いてくるんだもの。
もしかしてゾロの方は気づいてないんかな。
だとしたら黙ってた方がいいんかな、と。
微妙な格好で体験しちゃった お初のキッ○へ、
今度は固まっちゃった先輩坊やであり。



     ……ああ、タイトル忘れてた。


月夜見 
残夏のころ」その後 編

 “ご都合主義のご都合って、
     誰の都合のことなんだろな”






   〜どさくさ・どっとはらい〜  2011.04.28.


  *以前に、CCさまからいただいてた
   お題というかリクエストへ、
   何とか応えられたかな?という作でございます。
   出合い頭ほど恐ろしい奇遇や奇跡はないもんで。
   そんなの何年前の少女漫画だと言いたくなるよな出来事って、
   案外ホントに起きるもんなんですよ、ええ。
(苦笑)

   ともあれ、
   ルフィちゃんのファースト・キックを(切符か?)
こらー
   思わぬ形で奪ってしまった剣豪の、明日はどっちだ!

ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv

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